裁判所のIT化(加藤幹)

 興味深い裁判例[1]があったので紹介する。
 事案の概要は、神戸市内のY(被告、被控訴人)に研究を委託した大阪府内のX(原告、控訴人)が、Yに所属する訴外Pの発明は当該研究の成果であり、Pが当該発明を特許出願したことは当該研究に係る契約上の義務(協議義務)にYが違反するものであるとして、Yに対し、債務不履行に基づく損害賠償を求め、神戸地裁に提訴したというものである。
 原審は、本件発明は本件研究の成果でないということはできないとする一方、Yに本件契約上の協議義務違反があったとは認められないとして、Xの請求を棄却した。
 これに対し、大阪高裁で審理された控訴審において、本判決は、訴状の記載に基づく類型的抽象的な判断として、本件発明が本件研究により得られた成果物であるか否かが争点として判断されることが見込まれ、その判断のためには、本件発明が本件研究の成果物に含まれるかという専門技術的事項に及ぶ判断をすることが避けられないとした。そして、本判決は、民訴法6条1項の「「特許権」「に関する訴え」には…特許を受ける権利に関する訴えも含んで解されるべきであり、また、その訴えには、前記権利が訴訟物の内容をなす場合はもちろん、そうでなくとも、訴訟物又は請求原因に関係し、その審理において専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定される場合も含まれるものと解すべきである」から、本件訴訟は同法6条所定の「特許権…に関する訴え」に該当し、同条1項2号により大阪地裁の管轄に専属するとして、神戸地裁で言い渡された原判決を取り消した。
 
 委託研究や共同研究に係る契約においては研究成果の取扱いが定められるのが通常であるから、本判決によるならば、委託研究や共同研究に係る研究成果の取扱いに関する争いのほとんどは民訴法6条1項2号に基づいて東京地裁又は大阪地裁の管轄に専属することとなろう。本判決は移送を規定する民訴法20条の2にも言及しているが、同条は「著しい損害又は遅滞を避けるため必要がある」ことを移送の要件としているので、実際に移送がされることはほぼないように思われる。
 そうすると、こうした争いについて、専門処理体勢を整備している裁判所で審理をされることに満足する当事者や代理人ももちろんいるであろうが、東京や大阪まで足を運ばなければならないことに不便を感じる者も一定程度いると思われる。
 もっとも、昨年の年報知的財産法[2]でも特集されているが、令和4年民事訴訟法改正[3]により民事訴訟手続のIT化が大きく進展した。具体的には、訴状等のオンライン提出の義務化、Web会議による弁論準備手続・口頭弁論期日・証人尋問等・和解期日、訴訟記録の電子化などである。したがって、上述した東京や大阪まで足を運ばなければならないことに不便を感じる者は今後少なくなっていくであろう。
 
 今般の民事訴訟手続のIT化は、遠隔地の裁判所で審理を受けることのハードルを大きく下げるものであり、更なる変革のきっかけになる可能性を秘めていると思われる。例えば、現在意匠権等に関する訴えは競合管轄となっているところ[4]、実務上は東京地裁又は大阪地裁に提訴されることがほとんどであるから、これが特許権に関する訴えと同様両地裁の専属管轄とされるかもしれない。さらに進んで、大阪地高裁の知的財産権部を東京地裁・知財高裁に統合し、知的財産に関する訴えを東京で一括して取り扱うようになるかもしれない[5]。又は首都機能移転の一環として、東京地裁の知的財産権部を大阪地裁に統合する一方で大阪高裁の知的財産権部を知財高裁に統合し、知的財産に関する訴えのルートを大阪地裁-知財高裁に一本化するという選択肢も検討されるかもしれない[6]
 
 このように民事訴訟手続のIT化は裁判資源の集中を後押しするものとなり得る。IT化により生じる余剰を利便性の向上と裁判資源の集中とのどちらにどれだけ振り分けるかは今後の課題であると思われる。
 また、裁判資源の集中という観点からは、昨年10月に開庁した中目黒ビジネス・コートにも言及する必要があろう。既に報道されていることであるが、中目黒の新庁舎をビジネスに関する訴訟などを専門に扱う「ビジネス・コート」と位置付け、東京地裁の知的財産権部、商事部、倒産部と知財高裁が同庁舎に移転したとのことである。そして、裁判資源の集中を象徴するかのように、開庁から2週間を経たずして知財高裁により原審を大阪地裁とする大合議事件についての判決の言い渡しがなされた[7]。報道によれば中目黒ビジネス・コートにはより専門性の高い審理や裁判の迅速化を進めることが期待されているとのことであるが、中目黒ビジネス・コートがどのように活動しどのように評価されるかは大いに興味をひくところである。
 
 一方、民事訴訟手続のIT化といっても一定の限界はある。証人尋問をはじめとする証拠調べを実物を前にして行うことの重要性は何ら変わらないからである。実物に触れることにより得られる情報は、文字や画像・動画から得られるそれとは比較にならない。百聞は一見に如かず、百見は一触に如かずである。もっとも、この点は中世イギリスの巡回裁判所よろしく例えば裁判所が被告の居住地を管轄する裁判所の庁舎で証拠調べをする[8]ことなどで対応できるのかもしれない。
 
 もう十数年も前になるが、大阪地裁の知的財産権部を見学させて頂いたことがある。その際法廷に案内されたが、法廷の隅に泥に汚れた大きな耕運機がどーんと置かれていて大変驚いた。説明によれば証拠たる被疑侵害品であり、置き場所がないためどうにも困りとりあえず法廷に置いているとのことであった。大きな耕運機が置かれた無人の法廷はシュールな絵であるように思われたが、全く別の事件の裁判の行方を法廷で見守る大きな耕運機という絵の方がよりシュールかもしれない。中目黒ビジネス・コートの法廷は新築ということもあり公開された写真からは清潔で機能的で威厳もあるように感じられるが、庁舎に証拠品を保管する十分なスペースはあるのだろうかといらぬ心配をしている次第である。
 
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[1] 大阪高判令4・9・30令和4年(ネ)1273号裁判所Webサイト
[2] 『年報知的財産法2022-2023』(日本評論社,2022年12月)
[3] 令和4年法律第48号
[4] 民訴法6条の2
[5] 現在でも当事者が合意してこのようにすることは可能である(民訴法11条、12条、13条2項)。
[6] 現在でも大阪地裁に提訴された特許権等に関する訴えはこのようなルートとなる(民訴法6条3項)。
[7] 知財高大判令4・10・20令和2年(ネ)10024号裁判所Webサイト
[8] 民訴法185条1項

 

 
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