「特定」(桑原俊)
・・・といっても、種類債権の対象が集中して、債務者は以後調達義務から解放される、という民法401条2項の話ではない。「特定」というコトバの話である。
5月10日、プロバイダ責任制限法(正式名称:特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)の改正案[i]が可決成立した[ii]。改正により、名称も「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」となる[iii]。プロ責法について、知的財産法の観点からの検討もなされるようになっているが[iv]、本稿では、「特定」というコトバについて、という周辺問題をとりあげたい。
プロ責法[v](改正後は情プラ法)でいう特定電気通信というのは、2条1号で、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信…の送信(公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信を除く。)」と定義されている。電気通信[vi]のうち、インターネット上のウェブページやSNS、電子掲示板等は広く含まれる。「不特定多数の者によって受信されることを目的とする」ことを要件とするので、メールのような1対1の通信は除かれ、また、カッコ書きによって放送は除かれるが、不特定多数人を対象とする電気通信は含まれるわけなので、「特定」とついてはいるが、かなり広い。
今般、改正で、「大規模プラットフォーム事業者に対し、⑴対応の迅速化、⑵運用状況の透明化の具体的措置を求める制度整備を行う[vii]。」こととなった。つまり、情プラ法は、従前より存在するプロバイダ(法律上は特定電気通信役務提供者)の責任制限・発信者情報開示に関する規律に加えて、大規模プラットフォーム(法律上は大規模特定電気通信役務提供者)の迅速化規律・透明化規律が、一気に書き込まれるようになったわけである。
これだけで既に色々ややこしいが、プラットフォームの透明性というと、忘れてはならないのが、「デジタルプラットフォーム取引透明化法」(DPF法)である。詳しくは経産省のサイト[viii]に譲るとして、「特に取引の透明性・公正性を高める必要性の高いプラットフォームを提供する事業者を『特定デジタルプラットフォーム提供者』として指定し、規律の対象」としている法律である。ここでは、「特定」という用語が、規律の対象として指定したプラットフォームのことを指している。
「特定」と聞くと、ある集合があって、そのうちの一部、というような漠然としたイメージを持ってしまうが、「特定電気通信役務提供者」と「特定デジタルプラットフォーム」では、かなりイメージが違う。前者は、個人でやっている単なる電子掲示板の管理人やコメント欄の付いているブログの運営者も含まれうるわけである。後者は、大規模事業者数社である(注8の経産省のサイトで公表されている)。情プラ法(という略称を早速使ってみた)において、規模の大きな事業者を指す際は、「大規模特定電気通信役務提供者」としているので、DPF法で「大規模」の趣旨で使われている「特定」の用語が、情プラ法ではその趣旨では使われておらず、情プラ法で「大規模」の意味をあらわす際は、そのまま「大規模」という用語が使われている。大規模プラットフォームには適正・透明に行動してもらいましょう、という意味では同じようなことを述べている法律が、対象となるプラットフォームを指すときの用語法がここまで異なると、少し戸惑う(今までは、プロ責法とDPF法で、規律の内容が相応に異なっていたから気にならなかったが、「大規模プラットフォームの規律」という意味で近接してしまったのに用語法が全然異なっているのが、モヤモヤの原因かもしれない)。
・・・というわけで、「特定○○」という用語に接した際には、それが一部を区切った量的なものなのか、質的に全く異なるものなのか等、留意しなければならないなと思っている次第であるが、知財を含めた情報法界隈では、「特定○○」が多いのではないかとひそかに思っている。この界隈、動きが早いので、ある概念があって、そのうちの一部について、特別な規律をしようと思った場合に、本来であれば、それにフォーカスしたネーミングをするのであろうが、そのようなネーミングが難しいときに、「特定○○」と称してしまう事情は分からなくもない。制度を考える際、時間をかけて考えるべきなのは概念の内容や制度設計であるから、ネーミングに時間をかけるべきでは無いし、「特定〇〇」という言い方自体が価値中立的であるから、イメージが湧きにくいということを除けば、関係各所も説得しやすいであろう。ただし、その分、読み手の側で、留意して読まないと、イメージが明後日の方向に行ってしまう[ix]。
最後に、”知財を含めた情報法界隈では、「特定○○」が多いのではないか”といった手前、少し調べてみることにしよう。e-lawsで、「特定〇〇」という用語が登場してくる法律を調べて、そのうち、知財・情報法分野のものはどれくらいか見てみた。
1970年代以降、社会の電算化が進展して…と言われるようになっていると思われるところ、それに対する法的対応は、1980年代くらいから活発化しているのではないかというイメージに基づき、1980年以降の法律(改正法も含む)で、「特定〇〇」という用語が登場してくる法律はどのくらいあるだろうか。
「特定〇〇」という用語をどう探すかだが、普通に検索語に入れても、それこそ、冒頭に述べた民法でいうところの特定とか、そういうものも入り込んできてしまうので、”「特定”で調べてみることにした。「特定○○」という用語を使う法律では、概ね、”この法律において、「特定〇〇」とは・・・”という定義の条文があるか、”(以下「特定〇〇」という”というカッコ書きが出てくるので、これで、「特定〇〇」が出てくる法律は、ほぼ拾えるはずである。全部で約400。そのうち、知財・情報法の分野に属する(と筆者が独断で選んだ)ものは、30程度。どのような法律があったかは注に書いておいた[x]が、1割に満たないくらいなので、予想に反してそれほど多くないのかもしれない。もちろん、ある法律の中に、別の法律で定義した「特定〇〇」を引用している場合もあるだろうから、そのようなものを除ききれているかの問題は残るし、他にも抜け漏れ重複があるかもしれないし、法律数で比較するより、用語数で比較するべきではないのか等、ツッコミどころは種々あろうが、コラムゆえご容赦頂きたい。
いずれにせよ、今後、も、法令用語で「特定」の語が使われることは、少なくないだろうから、その際は、先入観にとらわれずに読んでいきたいと思うところである。
(桑原 俊)
[i] https://www.soumu.go.jp/menu_hourei/k_houan.html
[ii] https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/213/meisai/m213080213034.htm
令和6年法律第25号
[iii] 法律の通称は、従来の「プロバイダ責任制限法」(更に略してプロ責法)から、「情報流通プラットフォーム法」(更に略して情プラ法)として報じられていることが多いようである。
https://japan.cnet.com/article/35219058/
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2403/01/news170.html
[iv] 例えば谷川和幸教授によって種々検討が加えられている。本年、谷川和幸『リンク提供行為と著作権法』(2024、弘文堂)も出された。
[v] 立案当局による逐条解説として、総務省総合通信基盤局消費者行政第二課『プロバイダ責任制限法第3版』(2022、第一法規)。もっとも、本文で述べたとおり、改正法が可決成立した上、それとは別に、いわゆる偽・誤情報対策という観点から、現在も見直しが検討されているようである。総務省「デジタル空間における情報流通の健全性確保の在り方に関する検討会」のページを参照
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/digital_space/index.html
更に、これに加えて、いわゆる有名人なりすまし広告問題に端を発して、自民党が、5月28日に「著名人ニセ広告等を利用したSNS型投資詐欺対策に関する提言」を出している。この中の<中長期対策>の箇所で、「情報流通プラットフォーム法の施行状況を検証した上で、…(広告についての透明性)への対応について検討すること」等の記述がみられ、この観点からの法改正もあるかもしれない。
https://www.jimin.jp/news/policy/208421.html
改正法が可決したばかりなのに、既に2つの方向から次の見直しの可能性がやってきている、というのは、中々しんどい。
[vi] これの定義は、電気通信事業法2条1項においてなされており、「有線、無線その他の電磁的法式により、符号、音響又は影像を送り、伝え、又は受けること」となっている。
[vii] 特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の一部を改正する法律案の概要
https://www.soumu.go.jp/main_content/000931474.pdf
[viii] https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/digitalplatform/provider.html
[ix] 10年以上前のことであるが、筆者は、「特定個人情報」というのが、マイナンバー(をその内容に含む個人情報)のことだと知って、かなり驚いた記憶がある。確かに、数多ある「個人情報」の概念の中で、マイナンバーというのは、そのうちの特定のものであるから、概念的には正確であるが、言葉を聞いてイメージするのは正直難しいのではないか。今の個人情報保護委員会は、以前は、「特定個人情報保護委員会」と言っていたわけだが、マイナンバー法を所管している、ということを、ネーミングから分かる人がどれだけいたのだろう…。
[x] 以下のもの(通称が定まっていないもの(筆者が略称を熟知していないものも含む)は、そのまま法律名を記した)
電気通信事業法、工業所有権に関する手続等の特例に関する法律、不正競争防止法、大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律、種苗法、国立公文書館法、不正アクセス禁止法、通信傍受法、弁理士法、電子署名法、プロバイダ責任制限法、特定電子メール法、電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律、牛の個体識別のための情報の管理及び伝達に関する特別措置法、電子記録債権法、青少年インターネット環境整備法、資金決済法、公文書管理法、マイナンバー法、がん登録法、特定秘密保護法、電子委任状法、デジタル手続法、情報処理促進法、5G促進法、特定デジタルプラットフォーム法(DPF法)、著作権法、聴覚障害者等電話利用円滑化法、放送法