統計で見る特許審査、審判の動向~今、何が起こっているのか~(加藤志麻子)

 これから述べることは、肌感覚では多くの実務者が感じていることであり、また、私自身も感じていたことであるが、今回、コラムを執筆するにあたり、その感覚が正しいのかどうか、長めに(約20年分)の審査、審判の統計をとりまとめ、検証してみた。


  まず、特許査定率である[i]。以下のグラフを見ると、2009年までは、特許査定率は、50%前後で推移してきたが、2009年を境に急に上昇し、ここ数年では、約75%まで上昇していることがわかる。2009年に特許査定率が上昇に転じている理由は定かではないが、「平成25年度 我が国における技術革新の加速化に向けた 産業財産権の出願行動等に関する分析調査報告書」[ii]には、特許査定率上昇の理由として、出願から審査着手までの期間が近年大幅に短くなってきたことや、出願人が特許出願を厳選するようになってきた可能性が挙げられている。前者の理由については、出願から審査着手までの期間が短くなると、先行技術文献のデータベースへの蓄積が追いつかず、比較的古い文献のみがサーチ、引用の対象となる旨の説明がされているが、個人的にはこのようなことが、実際に特許査定率に及ぼす影響がどの程度あるのかは疑問である。

次に、拒絶査定不服審判の状況であるが[iii]件数が減少している。これは、特許査定率の上昇を考えれば自然な結果と言えるであろう。

注目すべきは、拒絶査定不服審判における、請求成立率[iv]である。特許査定率が上昇している中、審判の請求成立率も上昇しているのである。これは、審査着手までの期間が短縮されていることや、出願の厳選では説明がつかない。

 おそらく、その原因の一つは、特許庁の審査、特に、拒絶理由の中でも主要な、新規性、進歩性の判断が緩くなっているからではないかと推測される。実際、パブリックドメインをパラメータや切り口の異なる数値限定でクレームアップし、新たな発明としているものに対しても新規性、進歩性を認めたり、過度に複数文献の組合せの動機付けを重要視し、本来であれば相違点を容易想到としてもよいような事案について、進歩性を認めたりしているものなどがあるように思われる。技術が多様化し、また、クレームの書き方の自由度が高まっている中で、審査が難しくなっていることもあるかもしれないが、個人的に相談を受ける案件の中には、なぜこのような発明が特許になるのかと疑問を抱くものも散見される。他方で、拒絶理由通知の際の審査官、審判官の指摘(補正の示唆など)に素直に従い、拒絶理由の内容の是非については、意見書でほとんど争わず、補正により拒絶理由通知が解消されたことのみを述べ、登録査定を求める意見書を目にすることがよくある。企業や弁理士が、特許査定を受けることを優先し、拒絶理由そのものに対して争わなくなっている傾向も、特許査定率、請求成立率の上昇の一つの要因ではないかと想像する。

  当事者系の審判である無効審判に目を向けてみると、こちらも大きな変化が見られる。無効審判については、法改正があったことから、2000年からの統計を記載している。[v]

 無効審判については、2003年12月に旧異議申立制度が廃止され、2004年から無効審判制度に統合され、何人でも無効審判を提起できるようになったが、統計によれば無効審判の件数が伸びなかったことが把握できる。このような経緯もあり、2015年に新異議申立て制度が導入された。その結果、無効審判の件数はさらに下降の一途を辿っている。無効審判の件数の減少の原因としては、新異議申立て制度の導入もあるが、2003年以前の無効審判の件数を考えると、それだけとは言えないようにも思われる。むしろ、2003年の特許査定率が50.5%(特許査定件数は111,276件)であったのに対し、2022年の特許査定率が75.9%(特許査定件数は187,794件である)であることを考えると、本来は無効審判の申立てが増えてもおかしくはない。ちなみに、異議申立て件数も、旧制度が1996年1 月に開始してから、平均して4,000 件程度の申立てがあったが[vi]、新制度下においては、毎年約1,000~1,400件程度の申立件数である。日本の企業は、匿名で争うことができ、かつ、費用や手続的負担の少ない異議申立制度を利用する傾向があるが、他方で、異議申立においては、手続に関与できる機会が少なく(申立書の提出と、希望すれば、補正された場合の意見書の提出)、また、提起できる期間も登録から6月であるため、無効審判で争わなければならないケースも少なからずあるはずである。そうであるにも無効審判の件数が減っている状況は、どのように考えたらよいのであろうか。

  無効審判における、無効割合を見てみると、その理由が見えてくる。[vii]

 統計によれば、2023年の特許の無効率はわずか13%である。無効率が最も高かった2006年の無効率は61%もあったことを考えると、驚きを禁じ得ない。このように低い無効率では、無効審判を提起する甲斐がなく、また、意欲も低下するのではないのではないだろうか。なお、特許庁は、以前、特許権侵害訴訟(地裁)において、無効の抗弁と無効審判の利用傾向を調べた統計を発表していた。[viii]これによれば、2005年においては、無効の抗弁と無効審判を共に行うものが28件、無効の抗弁のみが17件、無効審判のみが8件であったが、2015年には、無効の抗弁と無効審判を共に行うものが16件、無効の抗弁のみが15件であった。現在の状況はわからないが、無効審判件数の減少傾向からすると、無効の抗弁と共に無効審判を提起するよりも、無効の抗弁のみを行う方向にシフトしている可能性も十分考えられる。

  このような審査、審判の傾向を反映して、審決取消訴訟の件数も減少している[ix]。以下のグラフがこれを示しているが、上記の状況から予想されることとはいえ、グラフにしてみると、衝撃的である。査定系審判(拒絶査定不服審判等)の出訴件数のほうが、当事者系審判(無効審判)の出訴件数より少ないのである。 

 このような状況は、どのように捉えればよいのであろうか。見方によっては、争いの少ない秩序ある状態になっているとも捉えられるが、何かバランスを欠いているように思われてならない。審決取消訴訟は、特許庁の審判部の審理の裁判所によるレビューの機会であるから、審決取消訴訟があまりにも少ない状況はそのような機会が奪われているとも捉えられる。このような状況は、健全なのであろうか。

 なお、誤解のないように述べておくと、筆者は、アンチパテント派ではなく、良い発明については、適切な範囲で特許権を付与するべきと考え、また、権利の有効な活用を期待する立場である。また、元々特許庁の審査官、審判官であるため、審査官、審判官が日頃から審査、審判に真摯に取り組んでいることも十分理解している。しかし、現在の状況が理想的な状況といえるかどうかについては、疑問を持っている。統計から裏付けられる傾向については、その原因が十分に分析はできているとはいえず(特に、企業のスタンス、傾向など)、また、筆者の誤解もあるかもしれないが、本コラムに興味を持って下さった方々と、審査、審判について何が起こっているのか、また、将来的にどうあるべきなのかについて、議論をしてみたいと思っている。


[i] 特許行政年次報告書2008~2024年版のデータに基づく。

[ii]一般財団法人 知的財産研究所「平成25年度 我が国における技術革新の加速化に向けた 産業財産権の出願行動等に関する分析調査 報告書」平成26年3月p.22

https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10375359/www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/gijutsu_shutsugan/h25.pdf

[iii] 特許行政年次報告書2012~2024年版のデータに基づく。

[iv] 特許行政年次報告書2012~2024年版のデータに基づく。

[v] 特許行政年次報告書2010~2024年版のデータに基づく。

[vi] 特許庁「産業財産権制度 125 周年記念誌 業財産権制度 125 周年記念誌 ―産業財産権制度この 15 年の歩み―」p.268

https://www.jpo.go.jp/introduction/rekishi/document/125th_kinenshi/05_01.pdf

[vii] 2000年~2013年の無効割合については特許庁審判部「審判の現状と課題」2014年8月p.12、2014年~2016年の無効割合については特許庁審判部「信頼性の高い審判の実現に向けて 最近の取組と動向」2017年4月p.32、2023年の無効割合については特許庁審判部「審判の動向」令和6年度 p.9に基づく。また、2017年~2022年の無効割合については、無効審決の正確な件数が不明のため、特許庁審判部「審判の動向」令和6年度 p.9のグラフから概算にて算出している。

[viii] 特許庁審判部「日本における特許無効審判について」平成28年11月p.8

https://www.jpo.go.jp/news/kokusai/seminar/document/nichi_oh_symposium_2016/04_keynote3_jp.pdf

[ix] 特許行政年次報告書2005~2024年版のデータに基づく。

弁理士 加藤志麻子

Next
Next

特許侵害訴訟における専門的知見の活用について(服部誠)